オーストラリア クライミングその2
半球状のステンレススプーンで二さじすくい,ガラスの器に軽くもったチョコレートアイスクリームが目の前にあるとしよう。アイスクリームの先っちょには,黄色いウェハースが差し込まれている。ウェハースは鉛直に突き刺さっているのではなく,そのてっぺんがガラス容器からはみ出さんばかりに,こちらに向かって傾いている。
今,このチョコレートアイスクリームの大きさが100倍ほどにもなって,自分の目の前にそびえ立っている。下部には黒褐色の砂岩スラブが二瘤重なり,そのてっぺんからは黄色い砂岩がその先端をこちらへと,見事に真っ平らな壁を傾けて覆いかぶさって来ている。
岩壁先端までの高さは,ほぼ20mほどだろうか。砂岩の弱点にそって打たれた金属がはなつ光沢は,ポツ,ポツと5つ数えることができる。しかし,この高さの目算も,ボルトの間隔も,地上から見ている限り,不確かでよく分からない。目にしている光景が,あまりにも幾何学的過ぎて,自分のスケール感が狂ってしまっている。おまけに,手にしているガイドブックには,確実に間違いだと断定できる高さとボルト本数が記載されている。
はたして持参したロープの長さで十分に登れるのだろうか。ボルトの間隔は,どの程度離れているのだろうか。不安が頭をかすめる。
一本目のリングボルト(オーストラリアでは,直径1cm程のステンレス棒をU字型に曲げて,岩に叩き込んだ「ボルト」をこう呼ぶようだ。日本で呼ぶリングボルト,すなわち工業用アイボルトとは異なる)は,十分に頼りになる頑丈なやつだが,地上から6,7m程も上にある。木の枝を拾ってきてロープとクイックドローを先がけすることもできない。自分側とは逆側のロープ末端がロープバックに結わえ付けてあるのを確認してから,慎重にチョコレートアイスクリームを登り始める。
墜落しても大量のすり傷と,打撲とねんざ程度のケガしかしないだろう。とは思うが,ウェハースの根っ子に打たれた二本目のリングボルトまでは,あまり気持ちよい登りではない。チョコレートアイスクリームの部分をようやく消化して,ほっとする。これから先は,万が一の場合でも,巨大なオーストラリア人の墜落にも耐える頑丈なリングボルトが受け止めてくれるはずだ。
目の前のウェハースの割れ目に手を引っかけて,体を持ち上げる。頭が,ウェハースの縁を通り過ぎて洞窟の中へと入る。
突然,目を射る光量が増え,その色も黄から純白へと変わる。信じられない程大量の真っ白の光に全身が包まれる。ウェハースの皮一枚下には,純白の砂岩があった。
実は,ウェハースではなく,アイスモナカを登っていたのだ。そのモナカの皮の破れ目を通って,今,バニラアイスの洞窟の中へと自分の体を押し込んだのだった。
洞窟の天井も左右の壁も,純白の砂岩で覆われ,床には,浸食された白砂が貯まっている。まるで,巨大な砂時計の中に落ち込んだようだ。
ゴンドワナ大陸の縁,地向斜の海に,かつて一つかみの純白の砂が,塩を効かすかのように振られた。さらにその上に堆積した大量の土砂によって,何億年もの時間を掛けてできあがった純白の砂岩。この純白の砂岩が,砂岩にしみこむわずかな水の浸食を受けて再びかつての姿を取り戻した。白砂を手に握っていると,数億年単位の砂時計を手にしているかのようだ。
この大陸が「発見」された大航海時代がやがて終焉し,両極とエベレストという最後の極地にも人の足が達した20世紀も過ぎ去り,もはや自身の体を張って未知に挑むことも,新発見を喜ぶこともできない時代になってしまった。旅とは,登山とは,クライミングとは,そのような「探検」を模擬する遊びなのだろう。少なくとも,オンサイトクライミング,ツアークライミングの醍醐味は,そこにあるのだ。と満足して,握った砂をサラサラッと落とし,頭と身体を洞窟の外へと押しやり,さらに上へと手を伸ばす。

"A Day At The Beach" Thompson's Point Nowra, NSW, Australia
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